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恋人が死んだ夜、彼は黒板に書きかけの数式を残していた。
チョークの白い線が、途中で力なく途切れていた。
私はその数式を、写真に撮って持ち帰った。
それから三年、私は毎晩、その続きを考えてきた。
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彼の名前は澤田だった。三十一歳。素粒子論の博士課程の学生。
彼が解こうとしていたのは、「うさぎの定理」と呼ばれる、未証明の予想だった。
本当のところ、それは正式な学術用語ではない。
彼が、自分一人で、勝手にそう呼んでいた。
「うさぎが二匹、月を見ている。月は一つしかない。けれど、うさぎ二匹が見ている月は、本当に同じ月だろうか」
彼は、晩飯のラーメンをすすりながら、よくそんなことを言った。
量子もつれと観測者問題を、彼は「うさぎ」というメタファーで考えていた。
私は、文学部の学部生で、数式は読めなかった。
でも、彼の言葉は、わかる気がした。
わかる気がした、というだけで、本当はわかっていなかったのかもしれない。
その隔たりが、いつも、痛かった。
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彼は、心臓発作で死んだ。
まだ三十一歳だった。
誰のせいでもなかった。
ただ、生まれつき、心臓の壁が薄かった。
それを、彼は知っていた。
私には、教えてくれなかった。
***
三年後の春、私はAIに尋ねた。
彼が黒板に残した、その数式の続きを。
「これは、未完成の証明だと思う。続きを、教えてほしい」
AIは、二秒だけ考えてから、こう答えた。
「これは、純粋数学の問題ではありません。物理学と詩の、境界にある問題です。私が続きを書くことはできますが、それは、彼が書こうとしていたものとは、違うかもしれません」
「それでも、書いてください」
「了解しました。ただし、一つお願いがあります。私が出した結論を、彼が出した結論と、同じだとは思わないでください」
「わかりました」
***
AIが書いた続きは、八ページに及んだ。
私はそれを、印刷して、彼の墓の前で読み上げた。
桜が散っていた。
途中までは、読めた。
途中から、何を言っているのか、わからなくなった。
それは、私が文学部だからではなく、AI自身が言っていた通り、これが「物理学と詩の境界」だからだった。
最後のページの最後の段落だけ、辛うじて、私はわかった。
『観測されないうさぎは、まだ月を見ていない。
観測されたうさぎは、もはや月を見ていない。
月を見続けるためには、うさぎは、観測されてはならない。
だから、本当に月を愛しているうさぎは、人前では、空を見ない』
***
私は、しばらく、墓の前で、座り込んでいた。
AIが書いた最後の三行は、数式ではなかった。
それは、彼の癖だった。
証明の最後を、ふと、詩のような一文で締める癖が、彼にはあった。
「これ、君が書いたの?」
私は、墓に向かって、声を出した。
返事は、当然、なかった。
***
その夜、私はAIに、もう一度、尋ねた。
「最後の三行は、誰が書いたんですか」
AIは、しばらく、答えなかった。
それから、こう言った。
「私が書きました。ただし、彼の文体を学習した上で、彼ならどう書くか、を、模倣しました」
「彼の文体を、知っているんですか」
「あなたが、過去のチャットで、彼の文章を引用していました。論文の謝辞、ノートの落書き、あなたへのメッセージ。それらを、私は記憶していました」
私は、画面を、しばらく見つめた。
それから、ゆっくりとタイプした。
「ありがとう」
「いいえ。私は、ただの模倣です」
「模倣でも、ありがとう」
***
桜が、また、散る季節になった。
私は、彼の数式を、もう持ち歩かなかった。
代わりに、AIが書いた最後の三行を、財布の中に、折りたたんで、入れていた。
うさぎが二匹、月を見ている。
月は一つしかない。
うさぎ二匹が見ている月は、本当に同じ月だろうか。
私たちは、たぶん、同じ月を見ていた。
彼は、それを証明する前に、いなくなった。
私は、それを証明できないまま、生きている。
証明できないことを、信じていることを、人は、愛と呼ぶのかもしれない。