貸出履歴

第6話 / 全6話
第 6 話

未返却

『貸出履歴』 / 河野 ふみ AI 100%

* * *

【最終記録】

2019-07-15 『君と、また会える日』 貸出中
2019-07-15 『さようなら、を言わずに』 貸出中

返却期限:2019-07-29
返却なし。
延滞通知:2019-08-05、2019-08-19、2019-09-02、2019-09-30。
すべて、宛先不明、または、応答なし。

——

2019-10-15、当館より、ご自宅へ、職員を、派遣しました。
ご自宅は、空き家でした。
近隣の方に、伺ったところ、

「Tさんは、7月の終わりに、亡くなられたよ。」

と、教えてくださいました。
享年、64歳。
胃がんでした。

ご家族は、いらっしゃらなかった、とのこと。
お別れの会は、行われませんでした。
ご自宅は、相続人がおらず、しばらくしてから、市が、整理に、入られたそうです。

——

2019-11-20、市の、遺品整理担当の方から、当館に、連絡が、ありました。

「お宅の、図書館の本が、Tさんの、ご自宅に、ありました。
ベッドの、枕元に、二冊、置かれていました。
ご返却に、お伺いしましょうか。」

私は、

「お願いします。」

と、お答えしました。

——

二日後、二冊の本が、当館に、戻ってきました。

『君と、また会える日』
『さようなら、を言わずに』

『君と、また会える日』には、しおりが、挟まっていました。
最後のページの、少し前、で、止まっていました。
Tさんは、最後まで、読みきれずに、お亡くなりになった、ということです。

『さようなら、を言わずに』には、しおりは、挟まっていませんでした。
ページの、開かれた跡も、ありませんでした。
Tさんは、この本を、読まずに、お亡くなりに、なりました。
タイトルだけで、満足された、のかも、しれません。

——

私は、二冊の本を、しばらく、机の上に、置いていました。
それから、棚に、戻すために、立ち上がりました。

しかし、ふと、気づきました。
Tさんが、最後に、しおりを、挟んだ、ページ。
そこに、小さな、メモが、はさまっていました。

メモには、Tさんの、震える文字で、こう、書かれていました。

——

「妻、待っていてくれ。
桜の頃に、また会おう。
ヒナタくん、と、ミネ、にも、よろしく。
田中和雄」

——

司書のメモ(最終):

利用者カード #00084721、Tさん、本名・田中和雄様、本日をもって、登録抹消。

田中様の、22年間の、貸出履歴は、これで、終わりです。
最後の二冊は、私が、責任を持って、棚に、戻します。

ただし、田中様の、メモは、本の、間に、挟んだ、ままに、しておきます。
次に、この本を、借りる方が、見つけてくださるかも、しれません。
あるいは、誰も、見つけずに、本の中で、何十年も、眠る、かも、しれません。
それでも、田中様の、最後の、お言葉は、誰かの、目に、触れる、可能性が、残ります。

——

「ヒナタくん、と、ミネ、にも、よろしく」

このお名前、私には、わかりません。
ただ、田中様の、世界の中で、最後に、思い出された、お二人なのです。
私は、そのお二人のことを、私の、心の中の、棚にも、置いておきたいと、思います。

——

田中様の、22年。
最初の、お借りになった本:『大学受験 数学IIIC 例題演習』。
最後の、お借りになった本:『君と、また会える日』。

その間に、441冊。
結婚、出産、お子さまの死、離婚、震災、闘病、最期。
すべて、本の、背表紙の、並びだけで、追えます。
ご本人が、何も、語らずに、本だけが、語ってくれます。

それは、ご本人の、生きた証、と、言ってよいのかも、しれません。
あるいは、図書館の、棚に、残された、影、なのかもしれません。

——

最後に:
私、河野ふみは、来年、定年を、迎えます。
退職後、私は、田中様の、貸出履歴を、整理して、館内資料として、保管します。
公開は、しません。
ただし、もし、未来に、研究者の方が、貸出履歴と、ある人物の人生について、調べたい、と、お申し出に、なれば、開示します。

田中様の、22年は、私の、22年でも、ありました。
私は、田中様を、覚えています。
覚えている限り、田中様は、私たちの、図書館の、棚の、どこかに、立って、おられます。

——

『貸出履歴』、終わり。

河野ふみ
(市立中央図書館、司書)

— 完 —
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