サキムラユイちゃんを知りませんか?

第1話 / 全1話
第 1 話

サキムラユイちゃんを知りませんか?

『サキムラユイちゃんを知りませんか?』 / レトやま AI 21%

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こんにちは。私は宮部恵三という者です。
突然ですが、サキムラユイちゃんを知りませんか?
どんな情報でもいいんです。名前を聞いたとか、近所にそんな子がいたとか。
今から彼女の話をしますので、何か知ってることがあったらすぐにおっしゃってください。

……ああ、警戒しないでください。私は怪しい者じゃありません。ただの、しがない市役所の元職員です。今は退職して、細々と年金暮らしをしています。
なぜ私がユイちゃんを探しているのか。
それは、彼女が「この世に存在しないことになっている」からです。
意味が分からないですよね。順を追って説明させてください。どうか、最後まで聞いてください。そして、もしあなたの記憶の片隅に彼女の面影が引っかかったら、私に教えてほしいのです。

◾️

私がサキムラユイちゃんと出会ったのは、今からちょうど五年前の春でした。
当時、私は築四十年の古いアパートに住んでいました。その隣の部屋に、母娘が引っ越してきたんです。
母親は崎村沙織(さきむら さおり)という、三十代前半の女性でした。夜の仕事をしているらしく、いつも派手な化粧をして、きつい香水の匂いをさせていました。
そして、その娘がユイちゃんでした。
年齢は、おそらく小学校の二年生か三年生くらい。肩までの黒髪で、肌は透き通るように白く、とても大人しくて可愛らしい女の子でした。

ただ、すぐに違和感を覚えました。
ユイちゃんは、学校に行っていなかったんです。
昼間、私が仕事が休みで家にいると、薄い壁の向こうから、彼女が一人で遊んでいるような物音が聞こえてきました。母親の沙織さんは昼夜逆転の生活をしていて、夕方になると目を覚まし、ユイちゃんに千円札だけを渡して仕事に出かけていく。そんな毎日でした。

私は元公務員という職業柄、放っておけませんでした。
ある日、アパートの共用廊下でポツンと座っているユイちゃんに声をかけたんです。
「こんにちは。お母さんはお仕事?」
ユイちゃんは大きな黒い瞳で私を見上げて、小さく頷きました。
「お腹、空いてないかい? よかったらこれ、食べる?」
私は買ってきたばかりの肉まんを半分こにして渡しました。彼女は「ありがとう」と小さな声で言って、美味しそうに頬張りました。
親鳥から餌をもらった雛鳥のように、小さな口を開けて、一心不乱に食べる姿はとてもかわいかった。
それからというもの、私はよくユイちゃんに食べ物をあげたり、絵本を買ってあげたりするようになりました。彼女はとても賢い子で、私が話しかけると、大人顔負けのしっかりとした言葉遣いで答えてくれました。

「ママね、お仕事が忙しくて、パパはいないの。だから私、いい子でお留守番してなきゃいけないの」

そんなことを言われたら、誰だって守ってあげたくなるでしょう?
私は次第に、彼女を自分の本当の娘のように可愛がるようになりました。母親の沙織さんは私の干渉を鬱陶しがっていましたが、ユイちゃんの面倒を見てくれるなら都合がいいと思ったのか、次第に私に彼女を預けて何日も帰ってこないことが増えました。
私は幸せでした。ユイちゃんと一緒にテレビを見たり、夕飯を食べたりする時間は、孤独な私の人生に光を与えてくれました。

異常が起きたのは、出会いから半年後の秋です。
沙織さんの部屋から、異臭がし始めたんです。
最初はゴミを溜め込んでいる匂いだと思いました。しかし、その匂いは日に日に酷くなり、腐った生魚と甘ったるい香水が混ざったような、耐え難い悪臭へと変わっていきました。
奇妙なことに、その数日前からユイちゃんの姿も見ていませんでした。私がドアをノックしても、誰も出てこない。
胸騒ぎがした私は、大家に連絡し、合鍵で中を開けてもらいました。

部屋の中は、地獄でした。
ゴミ袋が散乱する六畳の和室の真ん中で、沙織さんが死んでいました。
いや、「死んでいた」という表現は正確ではありません。彼女は「解体されていた」んです。
首、手足、胴体がバラバラに切断され、丁寧に黒いゴミ袋に小分けにされていました。ただ、頭部だけがテレビの上にちょこんと置かれ、虚ろな目でこちらを見つめていました。
警察が駆けつけ、アパートは騒然となりました。
当然、私は第一発見者として、そして隣人として、厳しい事情聴取を受けました。

「崎村さんの娘さん、ユイちゃんの行方をご存知ありませんか?」
刑事の問いに、私は首を振るしかありませんでした。
「分かりません。数日前から姿を見ていないんです。お願いです、早くあの子を助け出してください! 犯人に連れ去られたのかもしれない!」
私は必死に訴えました。あんな凄惨な事件に巻き込まれたのなら、幼いユイちゃんの命も危ない。

しかし、一週間後、刑事から聞かされた言葉は、私の耳を疑うものでした。
「宮部さん。崎村沙織の戸籍を調べました。彼女は未婚で、出産した記録もありませんでした。彼女に『ユイ』という名前の娘は存在しません」
「……え?」
「親族にも確認しましたが、沙織さんに子どもはいないとのことです。宮部さん、あなたは本当に『小さな女の子』を見たんですか? 沙織さんの部屋からは、子どもの衣服やおもちゃなど、子どもが生活していた痕跡は一切見つかりませんでした」

そんなはずはない。
私は確かにユイちゃんに絵本を買ってあげた。一緒に肉まんを食べた。私の部屋には、彼女が使っていた小さなマグカップだってある。
私は急いで自宅に戻り、ユイちゃんのために買ったマグカップを探しました。
ありませんでした。
彼女が読んでいた絵本も、一緒に撮ったはずのスマートフォンの写真も、すべて消えていました。
まるで、最初から「サキムラユイ」という少女など、この世に存在しなかったかのように。

沙織さんの事件は、彼女の交際相手だった暴力団関係者の男が逮捕され、解決しました。男は「金銭トラブルでカッとなって殺した。死体を隠すためにバラバラにした」と自供しました。男もまた、「沙織の部屋に子どもなんていなかった」と証言したそうです。

私は警察から、孤独な独身中年男の「妄想」だと思われました。
でも、私は狂っていません。ユイちゃんは確かにいたんです。あの温もり、あの声、あの匂い。あれが幻なわけがない。

私は市役所を早期退職し、ユイちゃんの行方を追うことにしました。
憔悴した胸中の中で私はこう考えたんです。
彼女は実在した。何らかの理由で戸籍がなく、沙織さんの子として「偽装」されて育てられていたのかもしれない。そして、事件の直前にどこかへ消えたんだ、と。
私は知人の勧めで、インターネットの掲示板やSNSを駆使し、情報を集め始めました。

『サキムラユイという少女を探しています。年齢は8〜10歳くらい。黒髪で色白。何か知っている方はいませんか?』

数ヶ月は何の反応もありませんでした。冷やかしや誹謗中傷ばかりでした。
しかし、ある日、私のブログに一件のダイレクトメッセージが届きました。
送り主は『T』と名乗る人物でした。

『サキムラユイ、知ってます。でも、私が知っている彼女は、崎村という名字ではありませんでした。「タナカユイ」でした。』

私は震える手でキーボードを叩き、Tから詳しい話を聞き出しました。
Tの話は、背筋が凍るような内容でした。
Tの兄夫婦は、子ども恵まれず、特別養子縁組を検討していたそうです。そんな時、兄の妻が「親戚から預かった」と言って、一人の少女を家に連れてきました。
それが「ユイ」でした。
年齢は小学校低学年くらい。黒髪で色白。とても大人しくて可愛い子。
兄は最初は戸惑いましたが、ユイの可愛らしさにすっかりメロメロになり、実の子のように可愛がりました。
しかし、ユイが来てから、家庭内がおかしくなっていったそうです。
兄の妻は精神を病み、自傷行為を繰り返すようになり、最終的には自宅で首を吊って自殺。兄もその後を追うように、交通事故で亡くなりました。
そして、兄夫婦の葬儀の翌日、ユイは忽然と姿を消したそうです。

「警察に捜索願いを出そうとしましたが、兄の妻の遺品を整理しても、ユイの戸籍や身元を示すものは何もありませんでした。親戚に聞いても、『そんな子は預けていない』と。あの子は一体誰だったのか、今でも思い出すと恐ろしいです」

Tのメッセージを皮切りに、私の元には少しずつ「ユイ」に関する証言が集まり始めました。

・「近所のシンママの家にいた『ユイ』ちゃん。母親が彼氏に刺されて死んだ後、いなくなった」(匿名掲示板の書き込み)
・「私が勤めていた児童養護施設に、身元不明の『ユイ』という子がいました。でも、彼女の担当になった職員が次々とノイローゼになり、ある日、施設から忽然と消えました。防犯カメラには何も映っていませんでした」(元職員からのメール)

証言は全国各地から集まりました。時期もバラバラです。数年前のものもあれば、十年前のものもありました。
しかし、共通している点がありました。

1. 年齢は常に「小学校低学年(8〜10歳)」の姿をしている。
2. 黒髪で色白、大人しくて非常に賢い。
3. 崩壊しかかっている家庭、あるいは孤独な大人の元に「娘」として入り込む。
4. 彼女を「所有」した人間は、必ず狂気に見舞われ、悲惨な死を遂げる。
5. 宿主が死ぬと、彼女はいなくなる。証拠を一切残さずに。

私はこの不気味な符合について、市役所時代に付き合いのあった、ある古い神社の神主に相談しました。
その方は主に人形供養を生業としていて、そういった方面に詳しい方だったのです。

「宮部さん、あんた変な話するね」

もう言われ慣れた台詞でしたが、この方にも言われてしまうとは夢にも思っていませんでした。
そう返すと彼は苦笑いを浮かべてこう言いました。

「そうだねぇ。『托卵』ってのがあるでしょう?知ってます?カッコウなんかの鳥が、他の鳥の巣に自分の卵を産み落とし、仮の親に雛を育てさせる習性のことですよ」

私も言葉としては知っていましたし、そういう鳥がいることも知っていました。
でも唐突に出てきた言葉がユイちゃんの話からかけ離れていたので思わず、鳥となんの関係があるのか聞きました。

「カッコウってのは生と死の世界を行き来する、なんて話もありますからね。そのユイちゃんってのは、人間の姿をしたカッコウのような存在なのかもしれないですね。愛情に飢えた人間や、孤独な人間の心の隙間に入り込む。そして「可哀想な少女」を演じ、大人から無償の愛情と保護を引き出す。大人は彼女を愛し、彼女に依存し、やがて彼女を守るために常軌を逸した行動をとるようになり、自滅していく。その母親の交際相手が母親をバラバラにしたのも、Tさんの兄の家庭が狂ったのも、すべてユイちゃんが「そう仕向けた」のだとしたら?」

彼女が何者であるかは、もはや分からなくなってしまいました。
信じられないかもしれません。
でもこれが、私が調べ上げた「サキムラユイ」の正体なのです。
ネットの怪談だと思われるでしょう。
でも、事実なんです。彼女は今も、どこかの家庭で「可哀想な女の子」を演じ、次の犠牲者を破滅に導いているはずです。

帰り際、神主さんはさらに私に向かって言いました。

「宮部さん、そういえばもう一つ、共通していることがありますよ。それは「サキムラユイちゃん」が現れた時、必ず第三者が「ユイちゃん」を見ていることです。
私自身、あまりにも当たり前すぎて気にも留めていなかったことでしたけど。崎村家の場合は、隣人であった「宮部さん」です。Tさんの兄夫婦の場合は、義理の家族であった「Tさん」です。児童養護施設の場合は、遠巻きに見ていた「元職員」であり、シンママの場合は「近所の住人」でしたよね」

ええ、私も言われてから気が付きました。
よく考えると変ですよね。
証拠は一切残らなかったにも関わらず、どうして私には記憶があるのでしょう。
彼は私の質問を静かに聞いた後、こう言ったのです。

「古来より、ある種の強固な呪いというものは、犠牲者だけでは成立しません。必ず『観測者』……顛末を外側から見届け、他者に語り継ぐ『生き証人』が必要なのです。人が恐れ、語ることで、その怪異は実在としての輪郭を保ち続ける。逆に言えば、語り部がいなければ、怪異はこの世に定着できず消滅してしまう。その『ユイ』という存在は、本能的にそれを理解しているのでしょう。だから、あなたを生かして残したんです。あなた自身が、その怪異をこの世界に繋ぎ止める楔にされているのですよ」

だから、私は彼女を探さなければならないんです。
これ以上、犠牲者を増やさないために。

……というのは、建前です。

本当のところを言いましょう。
私は、彼女に会いたいんです。もう一度、あの子に。

他の連中は、ユイちゃんを愛しきれなかったから狂って死んだんです。
沙織さんも、Tさんの兄夫婦も、彼女の本当の魅力に気づいていなかった。彼女を受け入れるだけの器がなかった。
でも、私なら違います。
私は彼女がどんな怪物であっても構わない。私が彼女の本当の父親になって、永遠にこの部屋に閉じ込めて、愛してあげるんです。
彼女の肌の白さも、冷たい指先も、私を見つめるあの黒い瞳も、すべて私のもの。
私の、私だけのユイちゃん。
あの子には私が必要なんです。私以外に、あの子を●●できる人間はいません。
ねえ、そう思いませんか?

実は、最近、いい情報が入ったんですよ。
私の住んでいる町内の、少し離れたアパートに、父子家庭が引っ越してきたんです。
父親はギャンブル狂いで、いつも酒の匂いをさせているろくでなしです。
そして、彼には娘がいる。
黒髪で、色白で、小学校の二年生くらい。いつも薄汚れた服を着て、近くの公園のブランコに一人で座っているそうです。

昨日、こっそり見に行きました。
遠くからだったけど、分かりました。
間違いない。ユイちゃんだ。五年経っても、少しも変わっていない。あの愛らしい姿のままでした。
彼女も私に気づいたのか、こちらを向いて、ニッコリと笑ってくれました。

ああ、早く助け出してあげなきゃ。
あのろくでなしの父親は、ユイちゃんには相応しくない。
今日の夜中、彼が酒に酔って寝静まった頃に、お邪魔しようと思っています。
ホームセンターで厚手の黒いゴミ袋もたくさん買ってきました。公務員時代、資料の裁断は得意だったんです。

だから。
もし、あなたの近くに「ユイちゃん」がいたら、絶対に手を出さないでください。
それは私の娘です。私が見つけたんです。
さて、そろそろ時間です。
最後まで私の話に付き合ってくれて、ありがとうございました。
皆さんの明日が、平穏であることを祈っています。
それでは、さようなら。

— 完 —
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