死後三日の事務員

第10話 / 全10話
第 10 話

窓口の隙間

『死後三日の事務員』 / 風間 ヒナタ AI 100%

* * *

ある朝、私の、机に、見覚えのない、書類が、一通、置かれていた。
誰が、置いたのか、わからない。
私は、机の前を、夜中、一度も、離れなかった。

書類の表紙には、こう、書かれていた。

『業務通達、第〇〇〇号
発行者:課長
宛先:窓口担当事務員』

***

私の、上司である、課長は、ここ百年、空席だった。
誰が、書いた、書類なのか。

私は、書類を、開いた。

『窓口担当事務員 殿

長く、お疲れ様です。
この事務所、第二〇四七窓口、を、あなたが、管理してくださって、すでに、何千年に、なります。

このたび、人事課の、申請により、あなたの上に、長く、空席だった、課長職を、復活させることに、なりました。
新しい課長は、来週、着任します。

新しい課長は、長く、別の管轄で、業務を、なさっていた、お方です。
最近、長期休暇から、お戻りに、なりました。

着任後、新しい課長は、あなたに、いくつか、質問をなさるかと思います。
それは、業務に関するものではなく、個人的なものです。
ご無理のない範囲で、お答えください。

なお、新課長の、お名前は、ここに、明示しません。
あなたが、お会いになった時に、お分かりになると思います。

人事課』

***

私は、書類を、閉じた。
何度か、開き直して、もう一度、読んだ。
書類は、書類だった。事務的な、文体だった。
だが、最後の一行が、私を、ふと、止まらせた。

『あなたが、お会いになった時に、お分かりになると思います』

***

その夜、私は、保管庫に、行った。
私の、書類を、もう一度、見つけ出した。
日付の、ない、来訪者欄の、空白の、書類。

私は、そこに、これまで、何も、書いてこなかった。

私は、初めて、ペンを、握った。

ご本人ご記入欄、自由記入:

『私は、誰かを、迎える、業務を、しています。
私は、自分が、誰かに、迎えてもらう日が、来ることを、長く、想像していませんでした。
最近、それは、わからない、と、思うように、なりました。
わからない、というのは、たぶん、来るかも、しれない、ということです』

私は、ペンを、置いた。
書類を、保管庫に、戻した。

***

翌朝、扉が、開いた。
予約名簿に、名前は、なかった。
扉の向こうから、誰か、入ってきた。

長身の、男性、だった。
グレーの、コート。
靴は、革靴。
胸ポケットに、緑色の、ペンが、一本、刺さっていた。

「あの、ここ、第二〇四七窓口、ですか」

「はい」

「私、本日付で、課長として、着任しました」

「お待ち、しておりました」

男性は、私の前に、立った。
それから、私の、目を、しばらく、見て、こう、言った。

「お久しぶり、です」

***

私は、彼を、見ていた。
彼の、顔に、見覚えがあった。
長く、忘れていた、誰かの、顔だった。

「あの、私たち」

「はい」

「以前、お会いしたこと、ありますか」

「あります」

「いつ」

「あなたが、まだ、ここで、働き始める前、です」

「私、ここに、来る前の記憶、ないんですが」

「私が、覚えています」

***

新課長は、机に、ファイルを、置いた。
私の、書類だった。
日付の、ない、来訪者欄の、空白の、書類。

「これ、あなた、ですよね」

「はい」

「私が、書きました」

「えっ」

「あなたが、ここに、来た日、私が、あなたの書類を、書きました」

「あなたは、誰、ですか」

新課長は、しばらく、笑った。

「私の名前を、いま、明かすと、あなたが、混乱するので、しばらく、しません」

「はい」

「ただ、ひとつだけ、伝えます」

「はい」

「あなたを、ここに、置いていったのは、私です。あの日、私には、どうしても、別の用事が、あって、あなたを、長く、待たせました。何千年も、ご免なさい」

「私を、待たせた?」

「はい。やっと、迎えに来ました」

***

私は、自分の、両手を、見た。
両手は、私の、手だった。
事務員の、手だった。
だが、いま、その手は、何かに、使われたがっていた。

私は、新課長に、頭を、下げた。

「課長、いえ、初めまして、ではなく、お久しぶり、ですね」

「はい」

「私、まだ、業務中、ですので、引き続き、対応、いたします」

「はい、業務、続けてください」

「ただ、ひとつ、お聞きしてもよろしいですか」

「はい」

「私の、本来の、お名前、は」

新課長は、微笑んだ。

「次の、扉が、開いた時に、お伝えします」

***

その瞬間、扉が、開いた。
本日、最初の、来訪者だった。

来訪者は、桐山文枝さん、八十二歳、女性、元・小学校教諭、ではなかった。
別の、誰か、だった。

私は、椅子から、立ち上がった。
業務は、続く。
今日も、私は、誰かを、迎える。
明日も、たぶん、誰かを、迎える。

そして、いつか、新課長が、私の、本来の名前を、教えてくれる日が、来る。
それまで、私は、第二〇四七窓口の、事務員、で、ある。

事務員、で、ある間、私は、ここの、すべての、書類の、ことを、覚えている。

(——以降、第二季へ続く)

— 完 —
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