最後の一頭

第3話 / 全7話
第 3 話

観客

『最後の一頭』 / 青木 透 AI 100%

* * *

2024年7月20日(土)
天気:晴れ
気温:32℃
給餌:牧草 14kg、青草 9kg、配合飼料 2kg
体重:755kg
排泄:正常
行動観察:立位、横臥、立位、給水、横臥。

——

備考:
土曜日、来園者、多数。
ドナルドの舎の前にも、人だかり。

ある親子の、声が、聞こえました。

子:「お父さん、これ、何?」
父:「アジアスイギュウだよ。日本に、最後の一頭、らしい。」
子:「最後って、なに?」
父:「もう、これ以外には、いないってこと。」
子:「死んだら、どうなるの?」
父:「いなく、なるね。」
子:「ふーん。」

子は、それで、興味を、なくして、次の檻に、行きました。
父は、しばらく、ドナルドを、見ていました。
それから、子を、追って、行きました。

——

ドナルドは、彼らを、見ていました。
正確には、彼らが、自分を、見ているのを、見ていました。

ドナルドは、自分が、最後の一頭であることを、知っているのか。
私には、わかりません。
ただ、ドナルドは、人間を、長い間、観察してきました。
人間が、自分を、見て、何を、話しているか。
それは、声の、抑揚で、伝わるものだと、思います。

ドナルドは、おそらく、人間が、自分を、特別な目で、見ている、ことを、感じています。

——

夕方、別の、来園者が、私に、声を、かけてこられました。
若い女性で、こう、おっしゃいました。

「ドナルド、いつまで、いますか?」

私は、答えに、迷いました。
獣医師の見立てでは、あと、1年もたない、可能性が、高い。
しかし、それを、来園者に、お伝えするのは、職務の、範囲を、超える。

私は、こう、お答えしました。

「いつまで、と、私には、わかりません。会いに、来てあげてください。」

女性は、頷いて、ドナルドの舎の前に、戻られました。
そして、長い時間、ドナルドを、ご覧になっていました。

私は、来園者の方が、ドナルドの、最後を、見送る、ひとつの儀式を、始められた、ような気が、しました。

市田

— 完 —
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