忘れ物

第2話 / 全8話
第 2 話

ヒナタくん

『忘れ物』 / 藤村 美咲 AI 100%

* * *

2025年9月5日(金)
担当:中村みすず

立花さま、本日、ご機嫌よし。

朝、ベッドの上で、写真立てを、お持ちでした。
私が、お部屋に入ると、こうおっしゃいました。

「中村さん、ヒナタくんが、また、来てくれたのよ。」

写真立ての中の、若い男性のことを、立花さまは、毎日、新しく、思い出されます。

私:「ヒナタくんは、どなたですか?」
立花さま:「夫よ。」

私は、申し送り票を、見直しました。
ご主人は、富田源三さま、で、20年前にご逝去。
お名前は、ヒナタ、では、ありません。

しかし、私は、立花さまに、それを、お伝え、しませんでした。
立花さまの世界の中で、ヒナタくんが、夫であるなら、それは、立花さまの、本当のこと、なのだと、思いました。

——

夕方、娘さまが、ご来訪。
私、機を見て、娘さまに、お伺いしました。

「ヒナタくん、というお名前に、お心当たりはありますか?」

娘さまは、しばらく、考えてから、こう、おっしゃいました。

「母の、初恋の人だと、思います。」

「初恋の、人?」

「私が、子どもの頃、母が、酔うと、時々、その名前を、呼んでいました。
結婚前に、お別れした方、らしくて。
父は、ふたりが結婚する前に、亡くなった、と、聞いています。」

——

私は、ヒナタくんの、ことを、申し送り票には、書きませんでした。
書くと、別の看護師が、立花さまに、訂正してしまうかも、しれません。
立花さまの、世界の中で、ヒナタくんが、夫である方が、よいのです。

——

備考:
本日、立花さま、写真立ての、ヒナタくんに、こう、おっしゃっていました。

「ねぇ、また、桜を、見に、行きましょうね。」

ヒナタくんと、桜を、見たことが、あるのですね。
それを、立花さまは、毎日、新しく、思い出されます。
毎日、新しく、思い出される、ということは、毎日、初めて、思い出される、ということ、です。
立花さまは、毎日、初めて、ヒナタくんに、桜を、約束されているのです。

中村みすず

— 完 —
次の話を読む →
FONT SIZE
SPACING
THEME