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2026年1月20日(火)
担当:中村みすず
本日、立花さまの、お部屋を、片付けました。
形見分けは、花江さまが、すべて、お受け取りになりました。
ベッドの脇の、写真立ても、お持ち帰りになりました。
ただ、ひとつだけ、立花さまの、引き出しから、私の、引き出しに、移したものが、あります。
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立花さまの、若い頃の、便箋でした。
便箋には、こう、書かれていました。
「ヒナタくんへ、
春に、お会いしましょう。
桜の、咲く頃に。
私は、ずっと、待っています。
何年でも、何十年でも。
立花ミネ」
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便箋は、便箋のまま、封筒に入れず、切手も貼られず、立花さまの、引き出しの、奥に、しまわれていました。
たぶん、立花さまは、この手紙を、出すか、出さないか、迷っているうちに、戦争が、終わって、ヒナタくんが、帰ってこなかった、ことを、知った、のだと、思います。
そして、出せなかった、手紙を、何十年も、引き出しの奥に、しまっておられました。
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この便箋を、どうするか、私は、迷いました。
花江さまに、お渡しするべきかも、しれません。
しかし、これは、立花さまが、誰にも、見せなかったもの、です。
私は、便箋を、自分の、引き出しに、しまうことに、しました。
誰にも、渡さず、誰にも、見せず、ただ、保管します。
私が、定年で、辞めるときに、また、考えます。
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申し送り票、立花さまの記録、本日、終了。
担当:中村みすず
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最後に、ひとつだけ、書き残しておきます。
立花さまは、忘れることが、上手な方でした。
そして、忘れた、ということを、忘れることも、上手でした。
それは、私たちが、思っているより、ずっと、幸福な、ことだったのかも、しれません。
立花さまは、最後の朝、花江ちゃん、と、おっしゃいました。
忘れていたのではなく、いつでも、思い出せる、ように、心の、いちばん奥に、しまっておられたのだと、思います。
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私たちも、いつか、忘れていきます。
忘れていきますが、いちばん奥に、何を、しまっておくか。
それを、今のうちに、決めて、おきたい、と、思いました。
私の、いちばん奥には、立花さまの、笑顔と、十二月の桜と、ヒナタくんの、写真立てを、しまうことに、します。
「忘れ物」、終わり。
中村みすず