忘れ物

第7話 / 全8話
第 7 話

最後の朝

『忘れ物』 / 藤村 美咲 AI 100%

* * *

2026年1月15日(木)
担当:中村みすず

立花さま、本日朝、容態急変。

午前4時33分、巡回時、呼吸、不規則。
酸素投与、開始。
医師、来訪、ご家族、連絡済み。
花江さま、ご来訪、午前6時20分。

——

花江さまは、立花さまの、手を、握っておられました。
立花さまは、目を、開けたり、閉じたり、しておられました。
時折、花江さまの、顔を、見ておられました。

午前7時45分、立花さまは、ふと、はっきりとした、お声で、

「花江ちゃん。」

と、おっしゃいました。

花江さまは、しばらく、動かれませんでした。
それから、立花さまの、お顔を、ご覧になり、

「お母さん、わかるの?」

と、お訊きになりました。

立花さまは、頷かれて、こう、おっしゃいました。

「ええ、わかるわよ。
あなた、私の、娘でしょう。」

——

花江さまは、声を、出さずに、泣いておられました。

立花さまは、もう一度、

「花江ちゃん。」

と、おっしゃってから、目を、閉じられました。
それが、立花さまの、最後の、お言葉でした。

午前11時07分、立花ミネさま、永眠。
享年87。

死因:老衰。
最後のお言葉:「花江ちゃん」。

——

備考:
最後に、立花さまは、花江さまのことを、思い出されました。
忘れていたのではなく、ずっと、奥に、しまっておられたのだ、と、思います。

ご本人にとって、最後に、取り出して、お渡しになったのが、娘さまの、お名前、でした。

ヒナタくん、ではなく、花江ちゃん、でした。
最後の、最後で、立花さまは、ヒナタくんを、しまったまま、花江ちゃんを、お選びになりました。
それが、母親、ということ、なのだと、思います。

中村みすず

— 完 —
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