死後三日の事務員

第2話 / 全10話
第 2 話

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『死後三日の事務員』 / 風間 ヒナタ AI 100%

* * *

午後三時、二人目の来訪者が、現れる。

田島 拓真、二十九歳、男性、会社員。
死因:自殺。
死亡時刻:九月七日午前一時四〇分。
死亡場所:自宅マンション、十三階、ベランダ。

私は、田島さんが扉を開けた瞬間に、わかった。
死因の文字は、書類には書かれていないが、死者の身体に、痕跡が、見える。
彼の足首には、まだ、自分で止められなかった震えが、残っていた。

「ここ、何ですか」

田島さんは、立ったまま、聞いた。座らない人は、抵抗している人だ。

「死後三日間、手続きをする場所です」

「死んでないです、僕。たぶん」

「いえ、お亡くなりになっています」

「そうか」と、田島さんは、言った。

それから、ゆっくりと、椅子に、座った。

***

書類一枚目、死亡届。

「これ、自分で書くんですか」

「はい」

「自分で書く、ってことは、全部、思い出さないといけないんですよね」

「はい」

田島さんは、しばらく、ペンを、握ったままだった。

***

死亡時刻の欄で、田島さんは、止まった。

「正確に、書かないとダメですか」

「ある程度の正確さは、必要です」

「……一時四〇分、と、書いておきます。たぶん、それくらいでした」

死亡場所:自宅マンション、十三階、ベランダ。

「ベランダ、と、書きました。でも、本当は、ベランダから、落ちました」

「ベランダ、で大丈夫です」

「ベランダ、で済ませて、いいんですか」

「はい。落ちた先まで、書く必要は、ありません」

田島さんは、頷いた。
書類の細かい欄を、人は、しばしば、自分の人生の細かい欄として、扱う。
書かなくていい部分が、書かなくていい、と、教えてもらえると、人は、すこし、楽になる。

***

死因の欄。

田島さんは、この欄で、十分間、止まった。

「書けません」

「書ける範囲で、構いません」

「自分が、なぜ、自分を、選んだのか、分からないんです」

「分からない、と、書かれて構いません」

田島さんは、震える手で、こう書いた。

『自殺。理由は、複数あったと思うが、ひとつにまとめられない。仕事の疲れ、母の声を、最近、聞かなかったこと、好きな映画の続きが、あと六本くらい、まだ、観られなかったこと。あと、たぶん、子どものころ飼っていたインコが、死んだ日の朝が、ずっと、頭の中で、続いていた』

私は、田島さんの書いたものを、読んだ。

「インコの名前は、何と」

「えっ?」

「インコの名前です。よろしければ」

「……ピーコ、です」

「ピーコ、と、書き添えても、いいですか」

「はい」

私は、欄外に、小さく、書いた。
『ピーコ』

田島さんは、その三文字を、しばらく、見つめた。
それから、初めて、笑った。

「事務員さん、優しいですね」

「いえ。ただ、書類が、もう少し、本人らしくなるように、しただけです」

***

最後の言葉の欄。

「ない、です。誰にも、何も、言わないで、出ました」

「最後の言葉、なくても、書類上、構いません。ただ、ここに、何か、書いてしまっても、大丈夫です」

「書いていい、んですか?」

「はい」

田島さんは、しばらく、考えた。

それから、こう書いた。

『お母さん、ピーコ、いまも、好きだった』

***

ご本人ご記入欄(自由記入)、田島さんは、長く、書いた。

『僕は、二十九年、生きました。
楽しかったことも、ありました。
楽しかったこと、いまも、覚えています。
ただ、最近の僕は、自分のことが、嫌いでした。
自分のことが嫌いな期間が、長すぎて、それが、僕、になりました。
僕、が、僕、を、終わらせました。
でも、終わらせる直前、僕は、ピーコのことを、思い出しました。
ピーコは、僕が、彼女のことを、嫌っているところを、見たことが、ありませんでした。
だから、ピーコの中の、僕は、嫌いじゃない、僕でした。
そっちの僕を、たぶん、お母さんに、置いてきます』

***

私は、書類を、受け取った。
書類は、機械的に、判定する。
「受理」のスタンプを、押した。

田島さんは、それを、見ていた。

「これで、僕、は、もう、消えるんですか」

「消えません」

「えっ」

「ご本人の書いた、ピーコのこと、お母さんへの一言、これらは、書類として、永久に、保管されます。死後三日間の事務所では、すべての書類が、保管庫に、入ります。誰かが、いつか、参照することが、あります」

「誰が、参照するんですか」

「ご本人を、覚えている人、です」

田島さんは、しばらく、黙った。

「……お母さん、僕の最後の言葉、知らないと思います」

「ご記入された言葉は、私たちが、いつか、お母様の夢に、届けます」

「届けてくれる、んですか」

「はい。それが、私たちの、業務です」

田島さんは、初めて、机に、両手をついて、頭を、下げた。

「お願いします」

「はい。承りました」

***

田島さんは、三日後、出ていった。
扉の向こうから、かすかに、インコの、鳴き声が、聞こえた気がした。
それは、私の、空耳だったかもしれない。
ただ、そう、思った瞬間、私は、自分が、書類の片隅に書いた『ピーコ』の三文字を、もう一度、確かめたくなった。

書類は、もう、保管庫に、移されていた。
取り出すには、上層部の許可が、要る。

私は、許可申請を、出さなかった。
書いたのは、私だ。
私が、いちばん、覚えている。

— 完 —
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