死後三日の事務員

第3話 / 全10話
第 3 話

心残りリスト

『死後三日の事務員』 / 風間 ヒナタ AI 100%

* * *

午前十時、長谷川 美結、二十二歳、女性、大学四年生。
死因:交通事故。
死亡時刻:同朝七時八分、横断歩道。
即死。

長谷川さんは、ジーンズに、白いスニーカー、おろしたての、紺のニットを着ていた。
扉を開けた瞬間、彼女は、こう言った。

「私、これから、卒業旅行のはずだったんですけど」

***

二枚目、心残り報告書、彼女は、止まらなかった。

『心残りリスト
1. 卒業旅行(京都・福岡)
2. 内定先の入社式
3. 母の還暦のお祝い(来月)
4. 千葉君と、まだ告白できてない
5. 妹の結婚式(再来年予定)
6. 父の運転、もう一度、助手席で見たい
7. 京都駅の、いつも食べる、あの抹茶ソフト
8. 大学の友達に、最後に会えてない
9. 死ぬとは思ってなかった』

書く欄が、足りなくなって、彼女は、紙の裏まで、書いた。

『10. 老後にやるつもりだった編み物
11. 三十代になったら一人暮らしする予定だったマンション
12. お母さんの作る肉じゃがを、一度、本気で褒めてあげたかった
13. 修学旅行で買って忘れた、お土産のキーホルダー、まだ、引き出しに、ある』

私は、リストを、目で追いながら、こう、思った。
心残りが、こんなに、多いのは、二十二年が、短すぎたからではない。
二十二年が、希望に、満ちていたからだ。

***

長谷川さんは、リストを、出してから、急に、泣いた。

「これ、全部、誰にも、伝えられないですよね」

「規定上は、そうです」

「規定外で、可能性、ありますか」

「……」

私は、書類を、もう一度、読んだ。
規定外の対応は、申請書類「特例事務」を、提出する必要がある。提出には、課長の承認が必要だ。
課長は、ここ百年、空席だった。

私は、自分の名前で、「特例事務」を、提出することに、決めた。

***

特例事務、第〇〇〇〇〇一号、長谷川美結さん向け。

申請内容:
心残りリストの一項目だけを、ご本人の代理として、世界に、届ける。

私は、リストを、もう一度、見た。
どれを、選ぶか。
すべてを叶えることは、できない。

私は、四番を、選んだ。
『千葉君と、まだ告白できてない』

***

千葉慶介、二十二歳、長谷川さんの、ゼミ友達、長谷川さんが半年片想い中。

私は、夜、千葉さんの夢に、入った。
天使課のミカエル、の、業務領分だ。私は、本来、現場介入の権限はない。
特例事務扱いで、一晩だけ、許可を、得た。

千葉さんは、自分のベッドで、眠っていた。
私は、彼の夢の中に、長谷川さんを、配置した。

夢の中の長谷川さんは、卒業式の袴姿だった。
彼女は、千葉さんに、何も、言わなかった。
ただ、横に、座って、笑っていた。

夢が、終わる前、彼女は、こう、言った。

「ねえ、千葉君。私のこと、好きだった?」

「うん、たぶん」

「私もだよ。じゃあね」

「うん。じゃあね」

***

千葉さんは、翌朝、目を覚ました。
頬が、なぜか、濡れていた。
理由は、わからなかった。
ただ、彼は、その日、長谷川さんの、葬儀に、出席した。
焼香のとき、彼は、彼女の遺影に、こう、呟いた。

「うん、僕も、たぶん、好きだったよ」

***

長谷川さんは、三日目の朝、事務所を、出ていった。

「事務員さん」

「はい」

「私、十三項目しか、心残り、書きませんでしたけど。本当は、もっと、ありました」

「そうでしょうね」

「でも、四番が、叶ったから、十二項目分、楽になりました」

「そうですか。よかったです」

「他の十二項目は、誰かに、覚えていてもらえれば、それで、いい気がしてきました」

「私が、覚えています」

「事務員さんが?」

「はい。書類は、保管庫に、永久に、保存されます。私は、毎月、すべての保管庫を、整理します。整理するときに、長谷川さんの、十三項目を、必ず、もう一度、読みます」

「読むだけですか」

「読むだけです。それで、十分かと」

「そうかもしれません。事務員さんが、読んでくれているなら」

長谷川さんは、扉を、開けた。

扉の向こうから、彼女の声が、最後に、聞こえた。

「事務員さん、ありがとう」

私は、何も、答えなかった。
代わりに、彼女の書類を、もう一度、読んだ。
十三項目の、最後に、彼女が、追加で、書き足していた一項目に、初めて、気づいた。

『14. 事務員さん、お元気で』

— 完 —
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