死後三日の事務員

第6話 / 全10話
第 6 話

ポイント精算

『死後三日の事務員』 / 風間 ヒナタ AI 100%

* * *

午後二時、加藤 健太、四十四歳、男性、保険会社勤務。
死因:心筋梗塞。会社の階段で。

加藤さんは、扉を開けるなり、こう、言った。

「あの、ここ、ポイント、精算とか、ありますか」

「はい。生前ポイントの精算は、五枚目の書類で、行います」

「五枚目?」

「ご寄付、ご善行、ご親切、その他、皆様が、生きている間に、無意識に、なされた、すべての行為が、自動で、加点されています」

加藤さんは、瞬きを、忘れた。

「自動で、加点?」

「はい」

「逆に、減点も、ありますか」

「あります。意図的なご嘘、不貞、暴力、見て見ぬふり、など」

「えっ、見て見ぬふり、減点、ですか」

「はい」

加藤さんは、椅子に、深く、座り、肩を、落とした。

「俺、見て見ぬふり、たぶん、人生で、五千回くらい、してます」

「五千、というのは、少ない方です」

「えっ、平均は」

「平均、二万八千です」

加藤さんは、一瞬、笑った。

***

書類が、出てきた。

加藤健太、生前ポイント精算書、合計値:プラス、二万一千四百五十二点。

「事務員さん、これ、合格ライン、何点ですか」

「合格、不合格、はありません。点数が、何かに、影響することは、ありません」

「えっ、じゃあ、何のための、精算」

「ご自身が、ご自身の人生を、知るためです」

「俺の、知らない、行為が、書かれてるんですか」

「はい。ご本人が、忘れている、行為も、含まれます」

***

加藤さんは、書類を、めくっていった。

『二〇〇五年三月、横浜駅前、地下道、雨。傘を、ぬれた老人に、貸す。』
「えっ、こんなの、覚えて、ないです」

『二〇一二年九月、新宿駅、酔っ払い、線路に転落寸前、シャツを、引っ張って止める。本人、記憶なし、と、書いてある通り、彼は、覚えていない』
「これも、覚えて、ないです」

『二〇一八年六月、職場のトイレ、後輩が、こっそり、泣いていた。何も、言わずに、肩を、ぽん、と、叩いて、出た』
「あの後輩、覚えてました。あいつ、辞めて、いまどうしてるのか」

***

加藤さんは、書類を、最後まで、めくった。
最後のページに、減点が、載っていた。

『二〇一六年十一月、母親に、電話を、かけ忘れた。母の誕生日。母、寂しがる』
『二〇二一年八月、部下に、理不尽な叱責。部下、その夜、泣く』
『二〇二三年三月、自分の妻に、感謝を、伝えない。三百九十二日連続』
『二〇二四年五月、子どもの絵、机の上で、踏む。気づかず』

加藤さんは、最後のページで、止まった。

「事務員さん」

「はい」

「これ、訂正、できますか」

「死後、訂正は、できません」

「なぜ」

「行為自体は、すでに、世界の、過去のログに、書き込まれているからです」

「でも、子どもに、踏んだこと、謝りたいです」

「死後、謝罪を、伝える業務は、提供していません」

「特例、出来ますか」

***

私は、特例事務を、出した。

特例事務、第〇〇〇〇〇二号:加藤健太さんの、伝言を、お子様(加藤大翔、九歳)に、夢で、届ける。

加藤さんは、最後の三日間で、書いた。

『大翔、ごめんな。お父さん、お前の絵、踏んだこと、知らなかった。気づいたとき、もう、お父さん、いなくなってた。
あの絵、お母さん、引き出しに、しまってある。
今度、お前が、机を、片付けるとき、見つけてくれ。
お父さん、絵の中の、お父さんの、笑顔、好きだった』

私は、その伝言を、夢生成課の、ガブリエルに、送った。
ガブリエルは、二日後、配信報告を、返してきた。
『大翔(九歳)、本日早朝、夢を、見ました。お父様の、伝言、届けました』

***

加藤さんは、扉の前で、私に、頭を、下げた。

「事務員さん、ありがとう」

「いえ」

「俺、ポイント、合計値、低い人生、だったかな」

「平均値です。普通の、人生です」

「普通、っていうの、いいですね」

「はい」

「あと、減点、消えたんですか」

「消えていません。ただ、特例事務で、お子様への伝言、によって、加算が、生じました」

「いくつ、加算」

「一点」

加藤さんは、笑った。

「一点、けち、ですね」

「はい」

「でも、その、一点で、俺、いいや」

加藤さんは、扉を、開けて、出ていった。

— 完 —
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