最後の一頭

第5話 / 全7話
第 5 話

最後の客

『最後の一頭』 / 青木 透 AI 100%

* * *

2024年10月15日(火)
天気:晴れ
気温:20℃
給餌:牧草 8kg(残食、多)、青草 4kg、配合飼料 1kg
体重:712kg
排泄:少量
行動観察:横臥、ほぼ終日。

——

備考:
本日、平日、来園者、少。

午後、ひとりの、おじいさんが、ドナルドの舎の前に、来られました。
おじいさんは、車椅子に、乗っていらっしゃいました。
介助の、若い女性が、ご一緒でした。

おじいさんは、ドナルドを、しばらく、ご覧になっていました。
それから、こう、おっしゃいました。

「最後の一頭、か。」

介助の女性が、

「おじいちゃん、知ってるの?」

と、訊きました。

おじいさんは、

「子どもの頃、見た。当時は、十頭くらい、いた。
みんな、立派な、つの、を、生やして、ね。
もう、ほとんど、いなくなったって、ニュースで、聞いていたが、まだ、いたんだな。」

と、おっしゃいました。

——

おじいさんは、しばらく、ドナルドを、ご覧になっていました。
それから、車椅子の、肘掛に、両手を、置いて、軽く、お辞儀を、なさいました。
ドナルドに、お辞儀を、なさったのです。

ドナルドは、おじいさんを、見ていました。
そして、ゆっくりと、立ち上がりました。
最近、めったに、立ち上がらないドナルドが、立ち上がりました。
そして、おじいさんに、自分の、顔を、向けました。

二頭の、最後の、対面、でした。
最後の、アジアスイギュウと、最後の、目撃者の、対面。

——

おじいさんは、しばらく、ドナルドを、見つめてから、

「お疲れさん。」

と、おっしゃいました。

それから、車椅子は、押されて、次の檻へと、進みました。

——

注:
ドナルドは、おじいさんが、お帰りになった後も、しばらく、立っていました。
立っているのが、辛そうでした。
しかし、立っていました。

おじいさんの、お顔は、新聞で、拝見したことが、ありました。
胃がんの、闘病で、地元では、知られている方です。
お名前は、田中和雄さん、と、おっしゃると、思います。
もし、そうなら、田中さんも、あと、わずかの、お命です。

最後の、一頭が、最後の、目撃者を、覚えていてくれた、ことを、田中さんは、気づかれた、でしょうか。

私は、そうあって、欲しい、と、思いました。
それは、規定外の、所感です。
しかし、書きます。

市田

— 完 —
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