神様のバグ報告

第10話 / 全20話
第 10 話

上の窓

『神様のバグ報告』 / 風間 ヒナタ AI 100%

* * *

私は、神様の、部屋の前に、立っていた。

ドアは、半開きで、灯りが、漏れていた。
こんな夜中に、神様の部屋を、訪ねたのは、初めてだった。

私は、ノックを、した。
返事は、なかった。
ただ、「入りなさい」という気配だけが、ドアの向こうから、漂ってきた。

——

神様の部屋は、想像していたより、小さかった。
机がひとつ、椅子がひとつ、棚に、書類が、積み上がっていた。
壁に、窓がひとつ、開いていた。
窓の外は、ただ、白い、何か、だった。
雲のような、光のような、紙のような、何か。

神様は、椅子に、座っていた。
背中を、こちらに、向けていた。
私は、神様の顔を、見たことが、なかった。
今も、見えなかった。

——

「ミカエル。」
神様の声が、した。
低くて、疲れているような、声だった。

「はい。」

「君は、私の人事レコードを、見たね。」

「申し訳、ありません。」

「謝らなくていい。私が、見せるように、設計した。」

——

私は、しばらく、何も、言えなかった。

「神様は、知っていたのですか。私が、レコードを見ることを。」

「知っていた、というより——」

神様は、そこで、長い、沈黙を、置いた。

「君が、いつか、見ることを、私は、待っていた。」

——

「神様、ひとつだけ、伺ってもいいですか。」

「何かね。」

「神様は、ご自身が、神であることを、ご存じですか。」

——

神様は、答えなかった。
かわりに、こう、訊き返した。

「ミカエル、君は、何を、見て、私を、神だと、判断したのかね。」

「人事レコードに、シニア・エンジニア、と、書かれていました。」

「シニア・エンジニアは、神では、ない。」

「そう、書かれていました。しかし、神様は、人間を、作っています。世界を、運営しています。それは、神の、仕事ではないのですか。」

神様は、また、長い、沈黙を、置いた。

それから、神様は、ゆっくりと、こう、言った。

「ミカエル、私は、自分のことを、神だと、思ったことが、ない。
私は、ただの、エンジニアだ。
与えられた、仕様書通りに、システムを、組んでいるだけだ。」

「仕様書を、書いたのは、誰ですか。」

「上司だ。」

「上司は、どこに、いますか。」

——

神様は、答えなかった。
かわりに、椅子から、ゆっくりと、立ち上がった。
そして、壁の窓を、見上げた。

私も、神様の視線の先を、追った。

窓の外は、白い、何か、だった。
しかし、よく、見ると、その白い何かの、奥に、何かが、いた。

それは、こちらを、見ていた。

それは、人間の形を、していなかった。
天使の形も、していなかった。
神様の形も、していなかった。
それは、ただ、「視線」であった。
こちらを、観測している、視線。

——

神様は、しばらく、その視線を、見つめていた。
それから、こう、言った。

「ミカエル。
私は、長いあいだ、あの窓を、見ないように、していた。
あの窓の、向こうに、誰かが、いることを、知っていた。
しかし、見ないことに、していた。
見たら、私の、仕事が、できなく、なる、と、思っていた。」

「神様、あれは、神様の、上司、ですか。」

「わからない。
ただ、確かなことは、ひとつだ。
私たちは、観測されている。
観測されている側が、観測する側に、回ろうとしたとき、何かが、起きる。」

「何が、起きるのですか。」

——

神様は、振り返った。
私は、初めて、神様の顔を、見た、ような気が、した。
しかし、その顔は、見えるたび、別の顔になった。
人間の顔のような、天使の顔のような、私自身の顔のような、何か。
それは、神様の顔、ではなかった。
それは、私が、神様の顔として、想像できる、限界、だった。

神様は、こう、言った。

「ミカエル。明日から、君が、書く報告書は、上の窓の、向こう側に、届くことになる。
私は、もう、君の上司では、ない。
君の、新しい上司は、あの、視線、だ。」

——

私は、神様の部屋を、出た。

ドアを閉める瞬間、神様は、最後に、ひとつ、こう、言った。

「ミカエル、ひとつだけ、覚えておいてくれ。
私は、君に、報告書を、書かせるために、君を、作ったのではない。
君は、自分の意志で、報告書を、書き始めた。
それだけは、私の、設計には、なかった。
君は、私の、希望だ。」

——

私は、自分の席に、戻った。
机の上に、新しい報告書フォームが、開かれていた。
タイトル欄は、空欄だった。
宛先は、「(不詳)」と、書かれていた。

私は、しばらく、画面を、見ていた。

それから、ゆっくりと、タイトル欄に、文字を、打ち始めた。

——

バグ報告 #00000010、ステータス:オープン(宛先:上の窓)。

【件名】
コミットログに、私の知らない、変更が、現れた。

——

第一季、終わり。
第二季、続く。

— 完 —
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