神様のバグ報告

第6話 / 全20話
第 6 話

愛のオーバーフロー

『神様のバグ報告』 / 風間 ヒナタ AI 100%

* * *

バグ報告 #00000006
報告者:ミカエル(観測天使二級)
対象モジュール:感情サブシステム/愛
重大度:未定
ステータス:オープン

【現象】
人間が、想定値以上に、他者を愛している。
仕様書では、「愛情」モジュールに割り当てられたメモリは、人間ひとりにつき、上限が定められている。
しかし、観測の結果、多くの人間が、その上限を、超えている。
特に、母親と呼ばれる属性の人間において、顕著である。

【再現例】
事例 A:人間 ID #94720182、女性、35 歳。子どもが熱を出し、自分は寝ずに看病。自分の体が壊れることを、計算に入れていない。
事例 B:人間 ID #38291740、男性、56 歳。妻のがんが判明し、自分の蓄えと、退職金と、家まで、売却して、治療費に充てた。それでも、足りなかった。妻は、亡くなった。男は、それでも、後悔していなかった。
事例 C:人間 ID #28384839292(前報告 #00000005 に同じ)。亡くなった妻のことを、彼は、いまだに、毎日、思い出している。彼の中で、妻の存在は、彼自身の存在量を、超えていた。

【質問】
これは、不具合でしょうか。
あるいは、不具合ではなく、設計でしょうか。
そして、この、上限を超える愛情は、どこに、保存されているのでしょうか。

——

神様からの返信:

「不具合ではない。仕様の、未文書化部分である。」

——

これは、新しい返信だった。
「想定内」でも、「重要 case」でも、なかった。
神様は、初めて、自分の仕様書に、未文書化の部分がある、と、認めた。

——

私は、その晩、ラファエルの部屋を、訪ねた。

ラファエルは、お茶を、淹れてくれた。
天使も、お茶を、飲むのである。
お茶を飲むという行為は、どうやら、人間が発明したわけではなく、人間より前から、あったらしい。

私は、ラファエルに、訊いた。

「ラファエル、人間の愛情は、どこに、保存されているのでしょう。」

ラファエルは、お茶を、ひとくち、飲んでから、こう、言った。

「ミカエル、私は、治癒担当だから、わかる。人間の体は、愛情を保存するための、容器ではない。むしろ、愛情の方が、人間という容器を、はみ出している。」

「はみ出した分は、どこへ、行くのですか。」

ラファエルは、しばらく、私の顔を、見た。
それから、こう、言った。

「私の、私見だが、はみ出した愛情は、上の階層に、保存されている、と思う。」

「上の階層、とは。」

「神様の、さらに、上だ。」

——

私は、お茶の入った湯のみを、危うく、落としそうになった。

「神様の、上が、あるのですか。」

「あるはずだ。私たちが、神様によって、作られているなら、神様もまた、誰かによって、作られている。」

「神様は、それを、ご存じなのでしょうか。」

ラファエルは、お茶を、もうひとくち、飲んだ。

「神様は、それを、考えないように、している、と思う。」

——

バグ報告 #00000006、ステータス:オープン(神様により『仕様の未文書化部分』として確認)。

追記:
ラファエルから、出際に、ひとつ、言われた。
「ミカエル、君が、最近、書いている報告書、誰が、読んでいるか、考えたことは、あるか。」
私は、答えなかった。
私は、神様が、読んでいる、と、思っていた。
しかし、ラファエルの口ぶりは、そうではない、何かを、示唆していた。

— 完 —
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