忘れ物

第6話 / 全8話
第 6 話

十二月の、桜

『忘れ物』 / 藤村 美咲 AI 100%

* * *

2025年12月3日(水)
担当:中村みすず

本日、当苑の中庭の、桜が、咲きました。
十二月の、桜、です。
気象庁が、「全国各地で、季節外れの開花、続出」と、発表しています。
原因は、特定できていない、とのこと。

——

立花さま、車椅子で、桜を、ご覧になりました。
立花さまは、しばらく、桜を、見つめてから、こう、おっしゃいました。

「これ、桜?」

「はい、桜ですね。」

「桜なの。十二月に。」

「はい。」

立花さまは、ふと、こう、続けられました。

「ヒナタくんと、一緒に、見たわ、桜。」

「いつ、ですか?」

「春に。
川沿いの、土手で、ふたりで、見たの。
ヒナタくんは、私の手を、握ったわ。
それが、最初で、最後。」

「最後、ですか?」

「ええ。
ヒナタくんは、その後、戦争に、行ったわ。
帰って、こなかった。」

——

立花さまは、笑顔で、おっしゃっていました。
笑顔で、おっしゃっているのに、それが、悲しい、ということが、聞いている私には、伝わりました。

「桜は、いつ、咲くか、わからないわね。
春に、咲くこともあれば、十二月に、咲くこともある。
私の、心の中では、ヒナタくんと、見た桜は、季節を、超えて、咲き続けているのよ。」

立花さまは、桜を、長い時間、ご覧になっていました。

——

備考:
申し送り票に、追加記載しました:「ヒナタくん——立花さまの、初恋の方。戦没。」
これで、申し送り票に、ヒナタくんの、項目が、加わりました。
他の看護師にも、共有されます。
立花さまの、世界の中で、ヒナタくんが、戦没者であるなら、それは、私たちの、申し送り票にも、記録される、本当のこと、です。

中村みすず

— 完 —
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